スピリチャルでアートな日々、時々読書　ＮＹ編

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オペラは踊る５：モーツァルトの魔笛はフリーメーソンとゾロアスターと魔術に満ちた傑作である

2010年4月2日金曜日

今さら僕が言うまでもないことだけど、やっぱりモーツァルトの「魔笛」は傑作だった。しかも、メトロポリタン・オペラのプロダクションは、この魔術とフリーメーソンの秘密儀式に充ち満ちた作品を、その呪術性を最大限にヴィジュアライズしたスペクタクルに仕立て上げていて、贅沢な傑作になっている。これは観るしかない！

話はちょっと飛んでしまうけれど、早世した天才モーツァルトには、その早すぎた死を巡って様々な陰謀説がとなえられている。その中でもっとも有名なものは、映画や舞台になった「アマデウス」だけど、実は、「魔笛」に関わる陰謀説もある。

「アマデウス」は、モーツァルトの天才的な才能に嫉妬した「凡庸な」作曲家サリエリがモーツァルトを暗殺したという話である。これもありそうだけど、でも、この話は、アカデミーに属する、権威的だけれども才能には限界があることを密かに自覚している芸術家の嫉妬の物語として、トーマス・マンの小説から「アマデウス」に至るまで、すでに多数のヴァリエーションを持っていて少々面白味に欠ける。それよりも、僕には、あやしげだけど、もしかしてもしかすると思わせなくもない、秘密結社フリーメーソンによる暗殺説の方が面白い。そして、この陰謀説が、「魔笛」と深く関わっているのである。

秘密結社フリーメーソンというのは、いわゆる「陰謀説」の常連の一つで、最近だと、「ナショナル・トレジャー」シリーズで脚光を浴びました。ニコラス・ケージ扮する考古学者がアメリカの建国神話にまつわる謎を解明し、「ナショナル・トレジャー」を手に入れる話なんだけど、その背後には常に秘密結社フリーメーソンの影がある、と言う話ですね。確かに、米国の1ドル紙幣には、未だに謎の一つ眼を持ったピラミッドが描かれていて、これはフリーメーソンの呪術的なシンボルだと言われています。アメリカの建国の父達は、実はフリーメーソンのメンバー達で、彼らは、自分たちの作った国アメリカが、ずっとフリーメーソンの理念を引き継ぐようにとの願いを込めて一ドル紙幣にこの図像を入れたと言われています。ほんとかどうかわかりませんが。。。。

で、モーツァルトのフリーメーソン暗殺説ですが、どういう話かというと、モーツァルトは実はフリーメーソンのメンバーだったんだけど、オペラ「魔笛」で、フリーメーソンの秘密をばらしてしまったので、報復と見せしめのために暗殺されたというものです。確かにフリーメーソンの入会儀礼と「魔笛」は似ているんですよね。私は、もちろん、フリーメーソンのメンバーではないし、その入会儀礼を実際に観たわけではないのですが、いろいろな文献やドキュメンタリーで一般に言われている秘密結社の儀式が、そのままオペラ「魔笛」と同じ構造をしているのは確かなようです。

フリーメーソンは、基本的に男性だけの秘密結社です。その入会にあたっては、イニシエーション儀式を経る必要があります。まず、入会を希望するものは、頭をすっぽり覆うマスクで目隠しをされ、フリーメーソンのメンバーに手を引かれてイニシエーションの場に導かれます。そして、まず、彼は、これから経験することやフリーメーソンの秘密を一切他の者に漏らさないことを誓わされます。その後、彼は、誰が話しかけても、耳が割れんばかりの騒音が起きても沈黙を守るという試練を科されます。その後も、彼は、火や水や剣のなどの試練を与えられ、それをすべて乗り越えなければなりません。最後に、彼は、象徴的な死を迎えて復活します。そこで初めて、彼はフリーメーソンの正式なメンバーとして迎えられることになります。

たぶん、モーツァルトの「魔笛」を観たことがある人なら、なるほどと思うと思いますが、「魔笛」の主人公であるタミーノとパパゲーノが「魔笛」の中で経験する様々な試練は、このフリーメーソンのイニシエーション儀式の試練とよく似てるんですよね。これは、明らかにフリーメーソンの儀式を念頭に置いた作品です。そして、最後に、王子タミーノがザラストロの祝福を受けて神殿に迎え入れられるところなどは、フリーメーソンの正式メンバーとして受け入れられるのと相似形をなしているのでしょう。「魔笛」の物語は、フリーメーソンの秘密の入会儀式の構造を取り入れた、イニシエーションと成長の物語だと言えます。だからこそ、このようなフリーメーソン暗殺説が登場したのでしょう。

モーツアルトの暗殺説はともかくとして、「魔笛」は、ユングが好きそうな神話と呪術に充ち満ちた世界です。冒頭に登場する大蛇から、「魔笛」が神話の世界と深く関わっていることが提示されます。そして、「夜の女王」とその配下の「3人の魔女」。彼らが言わば闇の世界、人間の深い無意識の世界を表しているとすれば、ザラストロとその神官達の世界は光の世界、人間の理性的な世界を表していると言えます。「魔笛」は、王子タミーノが、様々な通過儀礼を経て、闇の世界から光の世界へと成長を遂げる物語だと、ひとまずは要約することが出来るでしょう。この通過儀礼を導くのは、ユング的に言えば、アニマのように清純で美しい、夜の女王の娘パミーナです。このキャラクターは、例えば、ダンテの「神曲」に出てくるベアトリーチェなどが典型的ですね。もちろん、タミーノを導くのは、パミーナだけではありません。ユングの世界では、おそらく「老賢人」と分類されるだろう、不思議な精霊もまた、タミーノが道に迷いそうになったときに彼を助け、導きます。この精霊は、3人の子役が担うのですが、彼らは子供であるにもかかわらず、老人のように髭を生やし、深い洞察の言葉を伝えます。子供でありながら、老人のように深い知恵を持った存在。このキャラクターも、また、民話や神話の世界には欠かせないキャラクターですね。

でも、もちろん、タミーノのイニシエーションは一筋縄ではいきません。夜の女王と魔女達がいろいろちょっかいをかけてきます。それから、ザラストロの奴隷頭モノスタトスも、途中から夜の女王側に寝返っていろいろと妨害をします。このキャラは、例えば、歌舞伎好きなら絶対に知っている「義経千本桜」に出てくる早見藤太とそっくりの道化敵役です。今さら言うまでもなく、およそあらゆる神話や伝説に時空を超えて出現する、好色で、乱暴者で、規則とか権威とか何とも思っていないけれど、どこか憎めないこのキャラクターが登場することで、物語はがぜん活気づくことになります。

「魔笛」は、結局、光と理性の勝利の物語として幕を閉じます。ザラストロというのは、ニーチェが「ツァラストラかく語りき」で描いた、ゾロアスター教の教祖だと思います。ゾロアスター教は、太陽信仰を中心とした宗教で、仏教やキリスト教などの世界宗教にも影響を与えたあらゆる宗教の根源になるものと言われています。だからこそ、古代哲学の研究を通じて西欧キリスト教のあらゆる思想と宗教を解体しようとしたニーチェが、「ツァラストラ」で取り上げたわけですが、それが「魔笛」にも登場しているところが興味深いですね。「魔笛」では、そのゾロアスターのように、太陽神の神殿に迎え入れられたタミーノが、同時にパミーナとの愛も成就させることで幕を閉じます。試練に耐えた者だけに与えられる栄光と愛の物語。美しいですね。

でも、そこはモーツァルト。あらゆる権威に反逆し、自らの才能のままに時代を超えた名作を作り続けたこの天才が、そんな凡庸な物語に安住するはずがありません。モーツァルトは、タミーノの同伴者として、鳥刺しの半人前の男、パパゲーノを配します。言うまでもなく、このパパゲーノこそが、オペラ「魔笛」を傑作たらしめる最重要キャラクターだと言えるでしょう。なにしろ、パパゲーノは、タミーノとともに、試練の旅に出るように命令されたにもかかわらず、沈黙は守らないし、お腹が減ったと言ってはワインと贅沢な食事にさっさと飛びつくは、峻厳なイニシエーションのルールを全く守りません。ほんと、どうしようもないキャラクターなんですが、でも、結局、彼も愛しい伴侶であるパパゲーナを手に入れます。

イニシエーションの儀式など全く無視し、ただ欲望のままに行動するパパゲーノにもきちんと伴侶を授けるという物語を語ることによって、モーツァルトは闇から光への成長の物語を相対化します。闇と言い、光と言い、それはあくまでも相対的なものにしか過ぎず、本当に大切なものは、そのような二元的な対立を超越した「現在」、生の力が充実した、一瞬の中にすべてがあるこの「現在」にこそ真実がある、パパゲーノの軽やかな身振りを通じて、モーツァルトはそのようなメッセージを僕たちに伝えているのかもしれません。

そして、実際、僕は、「魔笛」の魅力的なアリアの数々、三人の魔女のアリアから、夜の女王のアリアなどに酔いしれながらも、やはりもっとも好きなのは、パパゲーノとパパゲーナの二重唱です。「パ・パ・パ・・・・」と始まるこのアリアは、愛する者に出会った歓びを純粋に歌い上げた傑作なんですが、そこには、何というか、世界の始原と邂逅した瞬間に思わず口をついて出る原初の音楽のような印象があります。その、音楽以前の音が、パパゲーノとパパゲーナの二人によって愛の歓びの歌へと紡ぎ出されるとき、僕たち観客は、確かに、その音楽を通じて世界の何かが更新され、新たな輝きを帯び始めルことに気づくでしょう。

おまけ：
今回は、魔笛から代表的なアリアを二つご紹介します。カールベーム指揮です。なつかしいですね。

夜の女王のアリア（3分ほど。）

パパゲーノとパパゲーナのアリア（8分ほどありますが、我慢して聞いていると、5分過ぎから2人のデュエットが始まります。）

オペラ「魔笛」の登場人物。中央の赤いドレスが夜の女王。その横の黄色の服がザラストロ。左の変な仮面をつけた3人組が夜の女王の手下の三人の魔女。