スピリチャルでアートな日々、時々読書 NY編
スピリチャルでアートな日々、時々読書 NY編
ジーザスより若い?:ニュー・ミュージアムの挑戦的な企画
2009年5月3日日曜日
久しぶりにのんびり出来る休日が巡ってきたので、以前から気になっていたニュー・ミュージアムの「あの世代:ジーザスより若く」という展覧会を観に行く。
ニュー・ミュージアムと言うところは結構変な美術館で、どうも何を考えているのかよくわからないところがある。もちろん、ニューヨークを代表する美術館の一つで、ここのコンテンポラリー・アートに対する実験的な試みは、老舗のグッゲンハイムとかMOMAとかホイットニーに比べるととても面白い。でも、何というか、ちょっと受けをねらいすぎているというのでしょうか。コンセプトに走りすぎているというのでしょうか。かなり当たり外れが多いところではある。
で、今回の「ジーザスより若く」なんだけど、何というかすごいコンセプトなのである。ジーザス・キリストは33歳で十字架に磔になった。で、「ジーザスより若く」では、33歳以下の若手アーチスト、つまり1976年より後に生まれたアーチストに焦点を絞った展覧会となっている。でも、よく考えてみたら、33歳以下のアーチストを世界中から集めて、一体どんな共通性を見いだせるのか?というと正直疑問なのである。一体、33歳以下のアーチストが世界中に何人いると思っているんだ!と思わず突っ込みたくなる。
もちろん、キュレーターの意図は、それなりにある。この世代は、(1)団塊ジュニアである(確かにこれは世界共通である。)、(2)物心がついたときには冷戦が終わっていた(これも確かにそうかもしれない。)、(3)アートの制作を始めた頃には、インターネットとデジタル技術が普及していた(まあね)・・・・で、とりあえず共通項はあるし、マーケティング業界でも、この世代をターゲットにしたマーケティングが真剣に議論されているとのこと。そういわれるとそういう気がしなくもないけど、でも、じゃあ、日本の76年生まれのアーチストとアジアや中東やアメリカや東欧のアーチストが同じものを共有しているか、と考えてみると、はっきり言って、「無謀」としか言いようがないのである。
でも、この何というか「アホか」と思いっきり突っ込みたくなる乱暴な企画を律儀にやってしまうところが良くも悪しくもニュー・ミュージアムなのである。彼らは、2008年から準備を始めて全世界150名の関係者から推薦をもらい、計500名の候補者から厳選したアーチストの作品を今回展示した。しかも、分厚い、電話帳のようなカタログを準備している。このカタログだけでも値打ちもので、多分、これだけ網羅的に若手で注目されているアーチストの作品を網羅したカタログはないだろうというくらい充実している。無謀な企画も、これだけかちっと作り込むと、それなりに見応えがある。
で、実際、展示が面白いのだ。はっきり言って、キュレーションも何もない、ただ面白い作品を集めただけなんだけど、やっぱり若手の作品というのは、荒削りな中に、何か先輩の作品を解体して新しいものを作り出していこうという熱意が感じられる。もちろん、気負いだけで創造が出来たら才能はいらないのであって、例によって、作品ごとに当たり外れがはげしいんだけど、でも今回の企画、なかなか面白かった。
ということで、例によって、いくつか、作品を紹介したい。
まずは、レバノンの作家ZIAD ANTARの作品。レバノンの子供がなにやら楽器を演奏しつつ、歌を歌っている光景をビデオに収めただけの作品なんだけど、不思議なユーモアと非日常の感覚を感じさせる人だった。レバノンの作家だから、当然、主題は、レバノンの内戦で傷ついた子供達が主題になるんだけど、でも、全く暗さを感じさせない。むしろ、子供達はとても自然体で明るい。でも、その明るさの中に、何か不条理なものを感じさせる人だった。うまく説明できないんだけど・・・。

レバノンの作家Ziad Antarの作品
それから、アイルランド出身の女性アーチストMariechen Danzの作品も面白かった。下のように、インスタレーションとビデオアートが中心の人なんだけど、まず、この造型がユニーク。スター・ウォーズのキャラクターを使っているんだけど、スター・ウォーズのメカニックなデザインの表面を、内臓や有機的なオブジェで覆って、ある種、ハイブリッドなものを作り出している。背後の絵には、R2-D2などが描かれているんだけど、その絵には、アボリジニーの神話的な動物たちやキリストの神々・悪魔などが描かれ、土俗的・呪術的なテイストを感じさせる。しかも、床に置かれたビデオに映し出されるのは、そのようなオブジェが並んだ空間で、作家が意味をなさない散文をまるで詩でも読むかのように読み上げる中、俳優達が、不規則な動きで絡み合いつつ、その散文に唱和していくという不条理劇のようなパフォーマンス。意味やシンボルが形成されようとする瞬間にそれが解体されていくというパフォーマンスの構造と、メカニックであるにもかかわらずオーガニックでアモルファスに変容していくという不安定感がとても面白い作品になっていた。

アイルランド出身の作家Mariechen Danzの作品。
Keren Cytterというイスラエルの女性アーチストの作品も気になった。ビデオアートで、ある中年の女性の部屋の中に二人の若い女性が侵入し、女性を詰問し、彼女が持っている性的欲望を暴き出し、否定するというものなんだけど、ゴダールに影響を受けたというのが納得のいく映像で、短い中にも印象的な映像と台詞がちりばめられた作品。

イスラエルの作家Keren Cytterの作品
最後に紹介したいのは、ポーランドのこれも女性作家のANNA MOLSKAの作品。ブリーフを着ただけの若い男性二人が、奇妙なオブジェをいろいろな形に組み合わせていくのを淡々と写したビデオ作品だけど、カメラの視線がとてもポルノグラフィックで、女性の視点から見た男性のエロスをうまく描きだしていた。

ポーランドの作家Anna Molskaの作品。
最後にひと言。いろいろ憎まれ口を叩いたけれど、それなりに面白い企画だったので、次回は、ぜひ、Web 2.0世代の作品を10年後に特集して欲しいと思います。子供の頃から携帯に慣れ親しんで育った、たぶん80年代後半に生まれた世代。彼らは、たぶん、世界観じたいが携帯とインターネットとi-tubeとU-tubeで育まれていて、僕たちの世代とは根本的に異なった世代だと思うんです。彼らが、30歳前後になって自分の世界を築き上げたとき、そこにどんな世界観が現れるのかは本当に興味があります。たぶん、それは、僕たちの理解と想像の範囲を完全に越えたものになっているのではと言う予感がします。きっと彼らの作品は、真に21世紀的な作品になるんでしょうね。それに比べたら、今回の人たちは、きっと、まだ、20世紀美術の流れの延長上にあるような気がします。
でも、ニューミュージアムのことだから、もしかして、すでにそんな企画を動かし始めているのかもしれません。楽しみですね。

ニューミュージアムの階段。なんだかアート作品のようなおもむきがありますね。