スピリチャルでアートな日々、時々読書 NY編
スピリチャルでアートな日々、時々読書 NY編
青いセーターが世界を救う?:アキュメン・ファンドの試みが意味するもの
2009年5月12日火曜日
ジャパン・ソサエティで、アキュメン・ファンドの創設者であるジャクリーン・ノヴォグラッツ氏が講演会をするというのでのぞいてみることにした。
アキュメン・ファンドは、ジャクリーンが創設した新しいタイプのファンドである。どこが新しいかというと、通常、開発途上国における様々な問題解決を支援する際には、世界銀行や各国の援助機関(日本だとJICAですね。)が、開発途上国の政府に対してプロジェクト・ベースでの資金協力を行うか、あるいは、国際的な財団(老舗では、フォード財団やロックフェラー財団、最近では、ビル&メリンダ・ゲイツ財団やクリントン財団などが有名ですね。)が、グラントで途上国の政府やNGOに資金支援を行うかのどちらかである。両者の資金は、それぞれODAあるいはグラントで、投資ではない。これに対して、アキュメン・ファンドというのは、開発途上国が抱える課題の解決を目的とする点は、以上の機関と共有しているけれど、資金の提供にあたっては、政府やNGOではなく、企業を対象とし、しかも、グラントではなく投資として提供するところがユニークである。投資だから、当然、一定期間が過ぎれば投資資金は回収する。もちろん、利子付きである。また、ビジネス活動に対して支援するため、その企業が提供するサービスや財に対して、受益者は当然料金を払うことが期待される。
どうして、アキュメン・ファンドのような支援形態が注目を集めているかというと、これはもう開発支援とフィランソロピーの歴史を説明しないとならなくなるので、ここでは、単純化してしまうと、要するに、「従来型の政府やNGOに対する資金支援では、開発途上国が抱える問題を解決できないので、民間企業の活力と効率性を活用し、資金支援が終わっても受益者が一定程度の料金を払うことにより採算性を保つことで、持続可能性を確保しよう」という発想が新しいからである。実際、アキュメン・ファンドのプロジェクトは多岐にわたり、飲料可能な水の確保から、マラリア予防するための蚊帳の販売、視覚障害者治療専門の病院の設立など、とにかく、開発途上国が抱える問題であれば、何でも対応している。
と、ここまで書いてくると、「で、そのアキュメン・ファンドのどこが、スピリチャリティとかアートに関係があるの?」という質問が飛んできそうだけど、まあ、もう少し我慢してお付き合いして欲しい。
ジャクリーンは、とても変わった経歴の持ち主で、大学卒業後、Chase銀行に入社して、将来を嘱望されたキャリア・ウーマンだったんだけど、そのキャリアをなげうってアフリカに渡り、アフリカでマイクロ・クレジットの導入(最近、ノーベル平和賞を受賞したユヌス氏のグラミン・バンクと同じ発想で、開発途上国の人たちに少額の資金を貸与することで貧困問題を解決しようという試み)を始める。彼女が主に活動した国はルワンダで、彼女が去った後に、ルワンダで大虐殺が起こることになるのだが、とにかく、彼女は、そのようにしてアフリカの女性の自立に向けて様々な試みをした後に、米国に戻り、ロックフェラー財団でフィランソロピー・ワークショップを立ち上げるなど、精力的に開発問題に取り組み、その中で、アキュメン・ファンドのような新しいタイプの支援枠組が必要だと考え、これを実現したわけである。
そうした彼女の半生に渡る努力をまとめたのが、「The Blue Sweater」という本である。開発問題だけではなく、彼女のアフリカでの様々なエピソード(意地悪な上司、ささやかな恋愛、降りかかるトラブル、そして虐殺後のルワンダ訪問などなど)が綴られていてとても面白いので、もしも日本語訳が出たら是非読んで欲しい。で、その中に、タイトルにもなった青いセーターのエピソードが出てくる。これがとてもユニークなのである。
ジャクリーンが、まだ少女の頃、憧れていた叔父さんが、ある日、彼女に青いセーターをプレゼントしてくれる。彼女はそのセーターがとても気に入って、本当に毎日着ていたんだけど、ある時、高校で、そのセーターのことを男の子からからかわれ、彼女は、そのセーターを処分する。もちろん、アメリカの敬虔な中産階級だから、ただ捨てるのではなく、きちんと古着屋に持って行って処分したのだ。
それから10年以上が経ち、彼女が、アフリカで開発援助の仕事を始めたある日のこと。早朝、自宅近くをジョギングしていると、彼女は、現地の男の子が、見覚えのある青いセーターを着ているのを見つける。懐かしく思って、その男の子に声をかけ、何気なくセーターのラベルを見ると、なんと、「ジャクリーン」という名前が書かれているではないか!そう、そのセーターは、10年前に古着屋に処分された後に、回り回って、多分、米国で アフリカの子供達に古着を送る 活動をしている団体に持ち込まれ、アフリカに送られたのである。こうして、10数年ぶりに自分が心から愛したセーターと再会することになったジャクリーンは、そこにある意味を見いだす。それは、「現代においては、世界は隅々までつながっているのだ。」という確信である。
結局、この確信が、彼女のその後の活動の基本的なモチベーションになる。アフリカの貧困問題は、アフリカだけの問題ではない。それは、米国を含めた先進国の問題でもある。だから、アフリカの問題も、自分たちの問題としてこれに立ち向かわなければならない・・・。これが、彼女の貧困問題に対する情熱を支える基礎となる。実際、ジャクリーンは、講演会においても、「開発途上国の問題は、私たちの問題なのです。例えば、私たちがペットボトルから水を飲むとき、限られた水資源を先進国が独占することに知らず知らずかかわっているのです。」と語る。ジャクリーンは、常に、開発途上国が抱える様々な問題を、先進国も同様に解決のために努力しなければならないグローバルな問題としてとらえなおし、その上で、市場や民間の効率性と現地の人たちの企業家精神や自立能力に即して解決していこうとする。
「世界には様々な問題があります。すべての問題が相互に関係し合っていて、すぐに解決することは出来ません。でも、世界はすべてつながっていると言うことを常に忘れず、広く深い奉仕の精神を持っていれば、私たちは世界を変えることが出来るのです。」。ジャックリーンのメッセージは、要約すれば、このようになると思う。僕は、これを聞きながら、以前にも誰かから同じような話を聞いたな、と言うことを思い出した。それは、ダライラマ法王猊下である。法王猊下もまた、「人間の心は無限の力を持っている。だから、人間の心の可能性を信じ、智恵と慈悲の心を忘れないようにしなさい。そうすれば、不可能なことは何もないのです。」という趣旨のことを繰り返し様々な機会に話しておられる。どうやら、ジャックリーンの発想は、チベット仏教のような宗教者の発想とかなり近いようなのである。
実際、「The Blue Sweater」を読んでいると、彼女が、宗教に深い関心を持ち、そのメッセージに共感していることが伺える。幾つか、印象的な部分を紹介してみたい。
例えば、彼女がフィランソロフィー・ワークショップの一環として、カンボジア・プノンペンのマハ・ゴーサナンダ師を訪問する場面。ゴーサナンダ師はポルポト政権の大虐殺後のカンボジアにおける平和と和解のシンボルとして、「平和のための行進」を呼びかけたカンボジアの精神的リーダーである。そのゴーサナンダ師に対して、彼女は、なぜ、そのような「平和のための行進」が可能になったのかを質問する。これに対して、ゴーサナンダ師は次のように答える。
「もしもあなたが知性だけで世界を進んでいこうとすれば、片足だけで歩むことになるだろう。もしあなたが慈悲だけで世界を進んでいこうとすれば、やはりあなたは片足だけで歩むことになる。しかし、あなたが知性と慈悲の双方を兼ね備えて進んでいこうとすれば、あなたには智恵があることになる。」
これに対し、ジャクリーンは「ありがとうございました。」と答え、次のように書いている。
「師は穏やかに微笑まれた。もう何も言い残されたことはなかった。ゆっくりと、両足の下に大地を感じながら、私は寺から歩み出、光の中に入っていった。」
短いけれど、印象的で、美しい文章である。たぶん、ジャクリーンは、ここで、単にリーダーシップについて学んだだけではなく、ある種の宗教的な体験をしただろうと感じさせる。智恵と慈悲、大乗仏教におけるもっとも基本的な教えを米国人の開発援助の実務家が聞いて、そこに、単なるノウハウを超えた叡智を見いだす点がとても面白い。
もう一つ、印象的なエピソードを紹介しよう。同じく、「The Blue Sweater」からである。視覚障害者のための手術に一生を捧げたヴェンカタスワミィ博士が亡くなる前、ジャクリーンは、博士と最後の面会をする。その際、彼女は、博士に、「神についてどう思っているか」と尋ねる。これに対して、博士は次のように答える。
「私にとって、神は、すべての生あるものが相互に関わりあいながら生きている、まさにその場におられる。その場に立ち会って我々が神聖さを感じるとき、我々は神の存在を知る。この世界が抱える苦難をなくすためには、決意と貧困の解決方法だけでは足りない。 私たちは、孤立した個人なのではなく、互いに必要とし、依存しあっている存在であるという、『私たち」意識をあわせて持つ必要がある。」
博士の死後、ジャクリーンは、博士の言葉を反芻しながら、次のように回想する。
「博士はすでにこの世にない。しかし、彼は自分の死後に残る遺産を作り上げた。なぜなら、彼の変革のビジョンは、彼自身のエゴの上に築かれたものではなく、世界に貢献しようという何百万人もの人たちのエネルギーの解放の上に築かれていたからである。・・・人々のためにビジョンを構築しつつ、他方で、どんなリーダーシップもただ一人の力だけではそのような変革を起こす源にはならないと言うことを認識すること。これが、全世界の人間が参加できる未来を築こうという、私たちアキュメン・ファンドの試みに課せられた試練である。・・・最初の一歩は、私たちめいめいが私たち自身の道義面での想像力を広げることである。それは、私たち自身を他人の立場に置いてみることが出来る能力だと言い換えても良い。とても単純なものに聞こえるけれど、たぶん、私たちにとってはもっとも難しいことだと思う。・・・・私たち一人一人が勇気を出して、全身全霊をかけて他人の声に耳を傾け、返礼を求めることなしに愛を与え、偏見を一切持たず純粋に新しい個人を知る機会として人と接することが必要である。私たちアキュメン・ファンドの仕事は、世界中の貧しい人たちは、私たちの兄弟であり姉妹であると言うことを、世界の人たちに思い出してもらうことにある。・・・」
「The Blue Sweater」は、開発途上国における貧困の問題を扱った本であり、その主題は、マイクロ・クレジットや社会的投資などの手法を活用しながらいかにグローバルな課題を解決していくか、と言う点にある。でも、こうして引用してみると、まるで、宗教家の文章のように思えてくる。いや、まさに、ジャクリーンの情熱、世界中の貧しい人たちの立場に身を置き、自分の問題としてその解決に向かっていこうというこの情熱こそ、宗教家の情熱に相応しいと思えてくる。
たぶん、本来、宗教とは、このような営みを支える精神の探求であったはずなのだ。ジャクリーンの実践には、一切、宗教的な修行の要素がない、本当に典型的なアメリカ人のプロフェッショナルのキャリアなんだけど、僕には、その歩みの一つ一つが、まるで宗教者の歩みのように思われてならない。逆に言えば、どんなに宗教的な実践を積み重ねても、現実社会における奉仕と利他の営みがなければ、それはただの自己満でしかなく、宗教的な深みを持たないと言いたい誘惑に駆られる。「The Blue Sweater」は、そんなことを考えさせる本だった。
まだまだ書きたいことはたくさんあるけれど、長くなったのでこのあたりで終わることにしよう。でも、最後にひと言だけ、ささやかな感想を付け加えておきたい。
上に紹介した青いセーターのエピソードを、ジャクリーンは、「世界中が隅々までつながっていること」を意味すると捉えた。それは、もちろん正しいんだけど、でも、本当にそれだけなんだろうか。アメリカ人の高校生が着ていたセーターがはるばる大西洋を渡ってアフリカに行き、元の持ち主と10年後にアフリカで再会するということの確率を考えて欲しい。我々の想像力を絶する偶然の積み重ねがない限り、こんなことは絶対に不可能である。だから、僕は、この青いセーターのエピソードを、ある種の啓示として捉えたい誘惑に駆られる。
仏教徒だから「神の啓示」ではないんだけど、多分、この青いセーターとの再会というエピソードは、世界のある真実を開示していると思う。それが何かは、うまく言えないけれど、例えば、ゲーテのファウストが最後に口にする「時よ止まれ、世界は美しい」という言葉が意味するものに近いかもしれない。世界は、絶望的なまでに貧困と暴力と破壊と汚濁に満ちている。時に、人は、そのような圧倒的なまでの現実の悲惨さを前にして、希望を失うことがあるかもしれない。世界は、本来、このように悲惨なものであり、そこには秩序も希望も正義もないという気持ちになる。でも、そのような時に、青いセーターを思い出すと、そこには、何か、肯定的なものが感じられる。青いセーターが開示しているのは、そのような混沌で無法状態のように見える世界が、実は、その深奥においてある肯定性によって支えられているということなんではないだろうか。
ところで、ジャパン・ソサエティでの講演会が終わった後に、「The Blue Sweater」のサイン会があった。ミーハーな僕は、いそいそとジャクリーンの元におもむき、彼女と握手し、著書にサインしてもらった。そこにはこう書かれていた。
「××××さんへ。あなたが世界に与えるすべてのものに感謝を込めて。ジャクリーン。」
この言葉は、これからの僕の人生の歩みにとって、とても大切な指針になるだろうという予感を僕は感じる。もしかしたら、これはもう一つの「啓示」なのかもしれない。

ジャパン・ソサエティの講演会で対談するアキュメン・ファンドのジャクリーン・ノヴォグラッツ氏(左側の女性)。